WORKS NO. 595 瓦礫に咲く命
瓦礫より
芽吹きし花は
風に立ち
小さき命の
強さを語る
瓦礫の山は、本来ならば「終わり」を象徴する場所だ。
崩れ落ちたもの、壊れたもの、失われたもの。
そこには、かつて存在していた時間や記憶の断片が積み重なっている。
しかしその中で、ふと花が咲くことがある。
土壌も整っていない。
環境も厳しい。
本来ならば生きるには適さない場所だ。
それでも植物は、わずかな隙間を見つけ、光を求めて芽を出す。
その姿は、ただの自然現象ではない。
それは「生きる力」そのものの象徴だ。
植物は迷わない。
与えられた環境の中で、できる限り伸び、広がり、命をつなごうとする。
そこに言い訳はなく、比較もなく、ただ存在しようとする意志がある。
人は時に、環境や状況に縛られ、動けなくなる。
だが、その一方で、どんな状況でも芽を出そうとする命の在り方を目にすると、
「可能性」は決して完全には失われていないことに気づかされる。
瓦礫の中に咲く花は、小さい。
だがその存在は、周囲の風景を変えるほどの意味を持つ。
生命力とは、大きさではない。
どんな場所でも、どんな状況でも、なお生きようとするその姿勢そのものだ。
WORKS No.595

