WORKS NO. 578 生きる理由
人はなぜ
生まれてここで
生きるのか
喜びだけを
掴むためなのか
人はなぜ生きるのか。
この問いに、明確な正解は存在しない。
多くの人は「幸せになるため」と答える。
それは間違いではない。
だが、それだけでは語りきれない現実がある。
人生には、喜びだけでなく、苦しみや迷い、喪失が必ず含まれる。
もし生きる理由が「喜びだけ」だとしたら、苦しみの時間はすべて無意味になってしまう。
しかし実際には、その苦しみの中で人は考え、変わり、誰かを理解し、時には支える側へと変化していく。
喜びは確かに人を動かす力になる。
だが同時に、苦しみもまた、人を深くし、広げる要素となる。
生きるとは、何か一つを掴むことではない。
喜びも苦しみも含めて受け取りながら、自分なりの意味を積み重ねていく過程そのものだ。
だからこそ、この問いは終わらない。
答えを出すためではなく、自分自身を問い続けるために存在している。
そしてその問いの中にこそ、人が生きている証があるのかもしれない。
WORKS No.578

