WORKS No. 870 傷ついた竜と、終わりなき戦いの果て

WORKS No. 870 傷ついた竜と、終わりなき戦いの果て

WORKS NO. 870 『傷ついた竜と、終わりなき戦いの果て』

赤い鱗を持つドラゴンが街へ現れた日、人々は鐘を鳴らし、武器を手に取った。
その巨大な翼が太陽を遮り、鋭い牙がのぞくたび、誰もが恐怖に震えた。ドラゴンは古くから、人間を滅ぼす異形の怪物だと伝えられていた。
討伐を命じられたのは、炎と風の魔法を操る少女リリアだった。
彼女は幼い頃、ドラゴンの襲撃で故郷を失っていた。だからこそ、その姿を見ただけで胸の奥に怒りが燃え上がった。
「今日こそ、この戦いを終わらせる!」
リリアは風をまとって飛び上がり、巨大な火球を放った。しかし、ドラゴンの鱗は魔法をはじき、振り下ろされた爪は石畳を砕いた。
力では敵わない。魔法も通じない。
それでも彼女は立ち上がり、何度も拳と魔法を放った。ドラゴンも咆哮し、炎を吐きながら必死に抵抗した。
激しい攻防のなか、リリアは奇妙なことに気づいた。
ドラゴンの攻撃は、彼女の命を奪える場面で必ずわずかに逸れていた。そして翼の付け根には、槍や矢で何度も傷つけられた古い痕が残っていた。
その傷は、戦いを好む者の勲章ではない。
逃げ続けた者の傷だった。
やがてドラゴンの背後に、崩れかけた小さな巣が見えた。そこには、まだ目も開かない三頭の子竜が身を寄せ合って震えていた。
ドラゴンは街を襲いに来たのではなかった。
人間に住処を焼かれ、傷ついた身体で子どもたちを守れる場所を探していたのだ。
リリアの脳裏に、故郷を失った幼い日の自分が重なった。自分も、このドラゴンも、大切なものを奪われた痛みのなかで戦っている。
違うのは姿だけだった。
その時、討伐隊が一斉に弓を構えた。
リリアはドラゴンを倒すために蓄えていた最後の魔力を解き放った。しかし、その光が築いたのは攻撃の炎ではなく、人間とドラゴンを隔てる巨大な結界だった。
「この竜を殺せば、次は残された子どもたちが人間を憎む。憎しみから生まれた戦いを、憎しみで終わらせることはできない!」
人々の罵声を背に、リリアはドラゴンへ近づいた。
巨大な瞳には、怒りではなく深い悲しみが宿っていた。彼女が傷だらけの額へそっと手を触れると、ドラゴンは初めて翼を静かに畳んだ。
夜明けまで続いた対話の末、人間は北の荒野を竜たちへ返し、竜はその炎で凍える街を温めることを約束した。
季節が巡る頃、街の空にはドラゴンと共に飛ぶリリアの姿があった。夕日に染まる雲の上で、異なる命の影が仲よく重なっていた。
長く続く争いでは、誰もが自分を正義だと信じ、相手の傷を見ようとしなくなる。
恐ろしい姿が、恐ろしい心を意味するとは限らない。
本当の勇気とは、敵を倒す力ではなく、握りしめた拳を開き、その奥に隠された悲しみに触れること。
理解しようとする一人の決断が、果てしない戦いに初めて終わりを与えるのだ。

WORKS No.870