WORKS NO. 855 『鬼姫が守った花の都』
花の都には、鬼の角を持つ姫・朱羅と、二頭の機械仕掛けの白虎が暮らしていた。
白虎の名は、牙王と雪丸。
鋼鉄の装甲、赤く光る瞳、巨大な爪。その姿を恐れた人々は、いつしか彼らを「都を滅ぼす怪物」と呼び、誰も近づこうとはしなかった。
しかし、人々は二頭の過去を知らなかった。
牙王と雪丸は、遠い戦場で造られた兵器だった。命令されれば敵へ向かい、壊れるまで戦う。それ以外の生き方を与えられていなかった。
戦争が終わった後、朱羅は廃棄物のように捨てられていた二頭を見つけ、何年もかけて修復した。
そして、戦うこと以外の世界を教えた。
春の花の香り。雨上がりの土の匂い。風に揺れる草の音。子どもたちの笑い声。そして、力とは誰かを傷つけるためではなく、守るためにも使えることを。
牙王と雪丸は少しずつ変わっていった。
そんなある春の日、都の中心に立つ「千年桜」が突然枯れ始めた。
千年桜は、人々の優しさや思いやりを養分とし、その力で都を洪水や嵐、地震から守る特別な桜だった。
しかし近年、人々の心には疑い、嫉妬、憎しみが広がっていた。自分と違う者を恐れ、理解する前に遠ざけ、噂だけで人を判断する。その積み重ねによって、千年桜へ届く優しさの力が弱っていたのである。
ところが役人たちは原因を調べず、朱羅を指さした。
「鬼の角が災いを呼んだ」
「白虎も危険だ」
「三人を追放せよ」
朱羅には戦う力があった。牙王と雪丸を使えば兵士たちを退けることもできた。
それでも戦わなかった。
恐怖に力で応えれば、さらに大きな恐怖を生む。偏見は暴力では消せないと知っていたからだ。
朱羅は追放される前に、最後に千年桜を調べたいと願い出た。
二頭が根元を掘ると、地下深くから無数の黒い鎖が現れた。
それは鬼の呪いではなかった。
長い年月、人々が生み出してきた悪意、差別、嫉妬、偏見が形となったものだった。鎖は千年桜の根へ絡みつき、優しさを吸い取っていた。
鎖を断ち切るには、二頭の全動力が必要だった。しかし、それを使えば生命機構が停止し、二度と動かなくなるかもしれない。
朱羅は叫んだ。
「やめて。都を出ればいい。あなたたちまで失いたくない」
だが、牙王と雪丸は静かに前へ出た。
かつて命令されるまま戦っていた二頭が、生まれて初めて、自分自身の意思で戦う理由を選んだのだ。
敵を倒すためではない。
自分たちを恐れ、嫌い、追い出そうとした人々さえ含め、朱羅が愛した都を守るためだった。
二頭は全動力を解放した。
巨大な爪が黒い鎖をつかみ、鋼鉄の身体が激しく震える。
一本、また一本。
そして最後の鎖が砕けた瞬間、まばゆい光が都を包み、枯れていた千年桜は再び満開となった。
だが、牙王と雪丸は力を使い果たし、朱羅の膝元で静かに動きを止めた。
朱羅は二頭を抱きしめた。
その姿を見て、人々は初めて自分たちの過ちに気づいた。
怪物だと恐れていた者たちこそ、自分たちを最後まで守ってくれたのだ。
職人たちは二頭を工房へ運び、昼夜を問わず修理を続けた。子どもたちは毎日、朱羅のもとへ花を届けた。
そして何日もの後。
牙王の赤い瞳に小さな光が戻った。
続いて雪丸の瞳にも光が灯った。
朱羅は声を上げて笑い、人々も初めて二頭を怪物ではなく、仲間として迎えた。
それから花の都では、一つの教えが語り継がれるようになった。
強そうに見える者が、乱暴とは限らない。
異なる姿を持つ者が、危険とも限らない。
何者として生まれたかより、その力を何のために使うかが、その者の価値を決める。
偏見は目には見えない。
だが放置すれば、黒い鎖のように社会へ絡みつき、人と人との優しさを奪っていく。
その鎖を断ち切るものは、武器でも命令でもない。
相手を知ろうとする勇気。
違いを恐れず向き合う心。
そして、疑われてもなお、優しさを捨てない強さなのである。

