WORKS No. 433 テクノロジー

WORKS No. 433 テクノロジー

WORKS NO. 433 テクノロジー

もし人が文明そのものを否定するなら、究極的には、衣服も言語も制度も捨て、裸で自然に帰るしかなくなる。
文明とは、道具と知恵の積み重ねによって築かれてきた歴史そのものだからだ。
テクノロジーを否定するということは、その文明の延長線上にある現在の社会構造を否定することでもある。
特に、技術によって経済と社会基盤を支えてきた日本において、それを完全に排除することが現実的に可能なのかは、極めて疑わしい。
もちろん、テクノロジーの進歩には賛否がある。
過去から学ぶべきだという意見もあれば、未来へ進むべきだという考えもある。
だが「表現の自由」を盾にして、テクノロジーそのものを「人類の終焉」と断定的に否定する態度には、慎重であるべきだろう。
本質的な問題は、テクノロジーの存在ではない。
それをどう使うか、どこまで任せ、どこで制御するのかという「人間側の設計」にある。
テクノロジーは善でも悪でもない。ただの道具にすぎない。
刃物が料理にも凶器にもなるように、使う側の意識と倫理がすべてを決める。
だからこそ必要なのは、拒絶ではなく、徹底した役割設計である。
人間が主であり、テクノロジーが従であるという構造を崩してはならない。
問題があるとすれば、それは技術よりも、それを扱う人間の未熟さにあるのではないか。
私はそう感じてならない。

WORKS No.433