WORKS NO. 351 意味の無い暴力
人はなぜ、意味のない暴力をふるうのか。
その問いは、人類が歴史の中で何度も繰り返してきた悲劇と向き合うたび胸に突き刺さる。戦争や紛争、侵略、政治的圧力――それらは「正義」「防衛」「利益」「国益」などの言葉で飾られるが、その裏で泣き叫ぶ人々が必ずいる。国家が掲げる大義や指導者の野望は、いつだって一般の人々の涙によって支えられてしまう。
暴力が生まれる理由は複雑に見えるが、本質は恐ろしく単純だ。
「支配したい」「奪いたい」「恐れを消したい」という衝動が、別の誰かを犠牲にする。そこに深い哲学はない。ただ、力ある者が弱い者に牙をむくだけだ。政治的圧力やプロパガンダがそれを正当化し、人々は心を守るために「仕方ない」と思い込む。しかし暴力は本来、どれだけ言葉を飾っても意味を持たない。意味があるように見せられているだけだ。
戦争の「理由」が語られるたび、最も傷つくのは理由を知らされていない市民だ。爆撃で家を失う子ども、故郷を追われる家族、選択肢のない徴兵に怯える若者。政治の駆け引きの裏で、人生は音もなく壊れていく。歴史は何度も繰り返しているのに、世界はまだ学びきれない。
暴力は答えを返さない。
怒りや恐怖が生む力は対話を閉ざし、未来を曇らせ、ただ新しい傷跡を残すだけだ。そして傷ついた人々の叫びは、遠く離れた私たちの心にも響く。世界は見えない糸でつながっている。どこかの痛みは、必ずどこかに波紋を落とす。
だからこそ、私たちは問い続けなければならない。
「なぜ意味なき力がふるわれるのか」ではなく、
「どうすればその力を止められるのか」と。
暴力の理由を探すことより、
暴力の連鎖を断ち切る意志こそが、未来を変える唯一の力なのだ。
WORKS No.351

