WORKS No. 861 冷たい人波と、破滅のサイレン

WORKS No. 861 冷たい人波と、破滅のサイレン

WORKS NO. 861 【冷たい人波と、破滅のサイレン】

絢爛豪華な色彩に彩られた、未来都市の大通り。
その真ん中で、一人の老人が突然胸をかきむしり、激痛とともに冷たい石畳の上へ倒れ込んだ。長年患ってきた心臓の病が、今まさに彼の命を奪おうとしていた。
「助け……てくれ……」
かすれた声で、老人は震える手を伸ばした。
しかし、行き交う人々は誰一人として足を止めなかった。
色鮮やかな服に身を包んだ通行人たちは、足元に横たわる老人を、まるで道端のごみか、進路を妨げる障害物であるかのように冷ややかに見下ろす。そして、何事もなかったかのように彼を避け、通り過ぎていった。
「面倒なことに巻き込まれたくない」
「誰かほかの人が助けるだろう」
「自分の用事のほうが大切だ」
自分の都合だけを優先し、他者への関心と責任を手放した人々。
公益を顧みず、目の前の命にさえ背を向ける社会の歪みが、その光景に凝縮されていた。
老人の眼鏡の奥から、少しずつ瞳の光が失われていく。呼吸が弱まり、伸ばしていた手が力なく石畳へ落ちた、その時。
ようやく遠くから、救急車のサイレンが響き渡った。
偶然通りかかった一人の旅人が異変に気づき、救急車を呼んだのだ。
老人はただちに車内へ運び込まれ、救急隊員による胸骨圧迫と懸命な救命処置が始まった。搬送先の病院も決まり、絶望の中に、わずかな希望の光が差し込んだかに思えた。
しかし奇跡は起きなかった。
病院へ到着した時、老人の身体はすでに回復不能な状態に陥っていた。
老人が大通りに倒れてから救急車が到着するまでの長い時間、誰一人として呼吸や意識を確認せず、救急への通報もせず、胸骨圧迫を行う者もいなかった。
ただ冷たい石畳の上に放置され続けた結果、彼の脳と心臓は深刻な酸素不足にさらされ、救命の可能性は刻一刻と失われていったのだ。
さらに残酷だったのは、周囲にいた人々の多くが老人の異変に気づきながら、「面倒ごとを避けたい」という理由で遠巻きに眺めていたことだった。
誰もが「ほかの誰かが通報するだろう」と考え、最初の通報が行われるまでに、あまりにも多くの時間が過ぎていた。
救急隊が現場へ到着した時、老人の心臓はすでに停止し、脳は長時間の酸素不足によって、取り返しのつかない損傷を受けていた。
病院の処置室で、救急救命医は静かに首を横へ振るしかなかった。
心電図モニターが告げる無機質な電子音だけが、二度と目を覚ますことのない老人の傍らで、虚しく響いていた。
彼の命を奪ったのは、持病だけではない。
「自分さえよければいい」と他者への責任を捨て、目の前で消えかけていた命を見過ごした、人々の冷酷な無関心だった。
人が一人、目の前で倒れている。
その時、個人主義という殻に閉じこもり、互いに助け合う心を失えば、その代償は、いつか巡り巡って自分自身へと返ってくる。
次に冷たい石畳へ倒れるのは、自分かもしれない。
そしてその時、周囲の誰もが同じように目をそらすかもしれないのだ。
静まり返った処置室に横たわる老人の亡骸は、助け合う心と公益を失った社会の惨憺たる末路を、何も語らずに訴え続けていた。

WORKS No.861