WORKS NO. 476 壊れた身体の先に
働けと
言うほど軽く
言うけれど
壊れた身体
誰が直すか
「働け」という言葉は簡単に発せられる。
だが労働は抽象ではなく、肉体と神経を消費する現実の行為だ。長時間労働、低賃金、不安定な雇用は、個人の努力不足ではなく構造の問題であり、壊れるのは意思ではなく身体である。
多くの社会では、働くことが道徳と結びつけられすぎている。
働けない状態を怠慢と見なす視線は、回復の時間を奪う。だが経済学的にも医療統計的にも、過労は生産性を下げ、社会コストを増大させることが知られている。壊れた人を放置する社会は、結果的に全体の負担を増やす。
だから社会保障は慈善ではない。
労働によって生じるリスクを社会全体で分散する合理的な装置だ。医療保険、労災、休業補償、生活支援は「甘え」ではなく、労働社会を維持するためのインフラである。支えがあるから人は再び働ける。
労働は尊い。
だが壊れてまで続けることが尊いわけではない。
守られて初めて、労働は持続可能になる。
身体を守る制度は、働く人の敵ではない。
未来の労働を守るための前提条件だ。
WORKS No.476

