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WORKS No. 910 時の神——戻せないものを知る支配者

WORKS No.WORKS No. 910 時の神——戻せないものを知る支配者

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WORKS NO. 910 『時の神戻せないものを知る支配者』

天空に浮かぶ無数の時計と歯車。その中心で、巨大な砂時計を抱く「時の神」は、あらゆる時間を支配していた。
神が指を止めれば、世界の一秒は永遠に静止する。砂時計を逆さにすれば、崩れた都市は元の姿へ戻り、老いた者は若返り、失敗する前の日へさえ戻ることができた。
人々は、その力を奇跡と呼んだ。
「あの日に戻れば、違う道を選べる」
「あの言葉を取り消せば、大切な人を失わずに済む」
「死ぬ前まで時間を戻せば、もう一度会える」
人間は後悔するたびに、時の神へ過去を求めた。
神もまた、自分なら人々の悲しみを消せると考えていた。
しかし、時間を戻すたびに、別の何かが変わっていった。
一つの失敗を消せば、その失敗から生まれた成長も消えた。
一つの別れをなくせば、その後に出会うはずだった人との縁も消えた。
失った命が存在した時間まで戻ることはできても、その人と歩んだ人生をまったく同じ形で再現することはできなかった。
時間は戻せても、人生は一本の時計の針ではない。
無数の選択、偶然、出会い、別れ、喜び、悲しみが複雑に結びつき、その人だけの人生をつくっているからだ。
やがて時の神は、自らの力の限界を悟った。
時間を支配することと、人生をやり直すことは違う。
過去を変える力が強ければ強いほど、人は「今を生きる」という覚悟を失ってしまう。
失敗すれば戻ればいい。
傷つけば、傷つく前へ戻ればいい。
大切なものを失えば、失う前まで戻ればいい。
しかし、その考えを繰り返した先にあるのは、後悔のない人生ではない。
自分の選択に責任を持てなくなった人生である。
時の神は、ついに巨大な砂時計を止めた。
そして、人間に過去を返すことをやめた。
失ったものを忘れろという意味ではない。
悲しみも、後悔も、過ちも抱えたまま、それでも次の一秒を選び取ることこそ、人間に与えられた本当の力だと知ったからである。
過去は変えられなくても、過去から学ぶことはできる。
失ったものは戻らなくても、その存在が残した意味を未来へ運ぶことはできる。
時の神が最後に人間へ教えたのは、時間を操る方法ではなかった。
人生の価値とは、何度でもやり直せることではない。
二度と戻らない「今」を、どう生きるかにある。
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