WORKS No. 912 秩序神——完璧な世界が失ったもの

WORKS No. 912 秩序神——完璧な世界が失ったもの

WORKS NO. 912 『秩序神完璧な世界が失ったもの』

白亜の巨大都市を統べる「秩序神」は、争いも犯罪も貧困もない、完全な社会をつくろうとした。
神は巨大な天秤を掲げ、すべての人間に平等な規則を与えた。
働く時間、休む時間、学ぶ内容、住む場所。さらに、何を選び、誰と関わり、どのような人生を歩むべきかまで、膨大な知識から最も合理的な答えを導き出した。
最初、人々はその世界を歓迎した。
争う必要がない。
失敗する危険もない。

将来への不安さえない。
社会から無駄は消え、犯罪は減り、街は美しく整えられていった。
秩序神は確信した。
「これこそが幸福である」と。
しかし、神はさらに完璧を求めた。
予測できない行動は混乱を生むとして禁止した。
人と違う考えは対立を生むとして修正した。
偶然の出会いは計画を乱すとして排除した。
やがて芸術から奇抜な表現が消え、子供たちは決められた答えだけを学び、人々は自分で人生を選ばなくなった。
誰も大きな失敗をしない代わりに、誰も大きな挑戦をしない。
争いはないが、議論もない。
迷うことはないが、発見もない。
社会は完璧に動いていた。
それなのに、人々の表情から喜びが消えていった。
そこで初めて、秩序神の天秤が揺れた。
神が排除してきた「無駄」の中に、人間らしさが隠れていたのである。
偶然の出会いから愛が生まれる。
失敗から新しい知恵が生まれる。
異なる意見から社会が変わる。
誰かと違う個性から、芸術や発明が生まれる。
自由とは、正しい選択だけをする権利ではない。
間違える可能性を含めて、自分で選ぶ権利でもある。
秩序は、人々を守るために必要である。
しかし、秩序そのものが目的になれば、守るはずだった人間から自由を奪うことがある。
完全な平等を求めて違いを消し、完全な安全を求めて挑戦を禁じ、完全な調和を求めて異論を封じれば、そこに残るのは幸福ではなく、管理された静けさかもしれない。
秩序神は最後に、自らの天秤から一つの重りを外した。
それは「完璧」という名の重りだった。
そして神は悟った。
良い社会とは、すべてが同じ方向へ動く社会ではない。
異なる人間が、異なる人生を選びながら、それでも共に生きられる社会なのだ。
完全な秩序は美しい。
だが、その美しさのために自由、個性、偶然まで失ったとき、私たちは問わなければならない。
「何も乱れない世界は、本当に幸福なのか」と。

WORKS No.912