WORKS No. 892 摩天楼に響く、闇への高笑い

WORKS No. 892 摩天楼に響く、闇への高笑い

WORKS NO. 892 『摩天楼に響く、闇への高笑い』

近未来の夜空を突き刺すように、無数の高層ビルがそびえ立っていた。
壁面を覆う巨大広告は、幸福、成功、美しさ、永遠の若さを絶え間なく映し出し、空には監視機と無人輸送機が飛び交っている。地上では、自動運転車が濡れた道路を走り、ネオンの光が街全体を眠らせまいとしていた。
その光の海を、一人のバンパイアが駆け抜けていた。
彼女はビルからビルへ跳び移り、人間たちの暮らしを高い場所から見下ろしていた。
夜明け前から働く者。
数字に追われ、家族との時間を失う者。
他人の幸福を画面越しに眺め、自分だけが取り残されたと思い込む者。
高価な服で孤独を隠し、笑顔を作りながら、心の奥では助けを求めている者。
人間たちは、便利で豊かな都市を完成させたはずだった。
眠らなくても働ける薬を作り、感情を分析する機械を生み、孤独を紛らわせる仮想世界まで手に入れた。それでも彼らは、以前より自由になったようには見えなかった。
機械を支配したつもりで、時間に支配されている。
多くの人とつながりながら、誰にも本音を話せない。
長く生きることを望みながら、生きている時間を競争へ差し出している。
その矛盾を見た瞬間、バンパイアは鋭い牙を見せ、夜空へ向かって高らかに笑った。
その笑いは、人間を見下すためだけのものではなかった。
闇を恐れながら、自ら闇を育てている人間社会への警告だった。
「私たちは血を吸う怪物と呼ばれている。だが、お前たちは、互いの時間、希望、誇りを吸いながら、誰も自分を怪物とは呼ばないのか」
会社は労働者の時間を吸い、欲望は人間の心を吸い、終わりのない比較は自信を吸い尽くす。そして、疲れ果てた者に向かって、「努力が足りない」とさらに鞭を打つ。
バンパイアの牙は目に見える。
しかし、人間界の牙は、正義、常識、評価、効率という美しい言葉の陰に隠されている。だからこそ、その傷は発見されにくく、血を流している本人さえ、自分が傷ついていることに気づけない。
彼女は高層ビルの壁を駆け上がり、都市で最も高い塔の先端へ立った。
眼下には、無数の窓の明かりが輝いている。その一つひとつに、人間の暮らしがある。夢を守る者もいれば、夢を諦めた者もいる。誰かを愛する者もいれば、愛し方を忘れた者もいる。
闇を知る彼女には分かっていた。
本当の闇とは、夜でも怪物でもない。
苦しむことに慣れ、自分の痛みに気づかなくなること。
他人を踏みつけなければ生きられないと信じること。
心を失うことさえ、成功の代償として受け入れてしまうこと。
だから彼女は、もう一度笑った。
それは絶望の笑いではなく、人間たちを眠りから呼び覚ますための、不気味で激しい挑発だった。
「まだ走るのか。何のために走っているのかも忘れたまま」
都市は答えず、ネオンだけが瞬き続けた。
人間は闇を消すために光を増やした。
しかし、光が強くなるほど、その背後には濃い影が生まれる。
必要なのは、街をさらに明るくすることではない。
自分の内側に生まれた影を直視し、何を守るために生きるのかを思い出すことである。
バンパイアの高笑いが摩天楼に響く。
その声をただの恐怖として聞くのか、自らの暮らしを問い直す警鐘として聞くのか。
答えを選ぶのは、闇に潜む怪物ではない。
光の中を歩いている、私たち人間なのである。

WORKS No.892