WORKS No. 885 百獣の力を従えなかった女王

WORKS No. 885 百獣の力を従えなかった女王

WORKS NO. 885 『百獣の力を従えなかった女王』

かつて、人々は強さこそが国を守る唯一の力だと信じていた。
敵を恐れさせる巨大な身体、あらゆる攻撃を退ける白銀の装甲、決して迷わず命令に従う機械の心。そのすべてを備えた獅子を完成させるため、国中の富と技術が集められた。
獅子を託されたのは、優れた知性と勇気を持つ一人の女王だった。
人々は彼女を「最強の支配者」と呼び、獅子を戦場へ送り出す日を待ち望んだ。しかし、女王は獅子の背に乗ることも、服従を命じることもしなかった。
彼女は毎日、獅子の隣に立ち、その青い瞳を見つめ続けた。
獅子の身体には、無数の歯車と精巧な装置が組み込まれていた。しかし、その心の奥には、戦うことへの恐怖と、壊されることへの悲しみが残されていた。どれほど強大な力を与えられても、苦しみを感じる心まで消すことはできなかったのである。
「あなたは、私の武器ではありません」
女王がそう告げると、獅子は初めて自らの意思で頭を下げた。
それは服従ではなかった。自分の痛みを理解してくれた者への、静かな信頼の証しだった。
やがて国境で争いが起こり、人々は女王に獅子を出撃させるよう迫った。だが、彼女は獅子を戦わせる代わりに、敵国との間に立った。
「力を持つ者の役目は、弱い者を踏みつけることではありません。力を使わずに終わらせる道を、最後まで探すことです」
女王の背後で巨大な獅子が静かに立つと、その威厳に両軍は武器を下ろした。
戦わずして争いを止めた彼女を、人々は後に「獅子を従えた女王」と語った。しかし、本当は違っていた。
彼女は獅子を支配したのではない。獅子の心を尊重したからこそ、その力に信頼されたのである。
人間は、強い力を手にすると、それを使うことが勇気だと思い込む。しかし、本当の勇気とは、使える力を持ちながら、その力に頼らず、互いの痛みを理解しようとすることなのかもしれない。
強さだけでは、人の身体を屈服させることしかできない。
けれど、優しさを伴う強さなら、傷ついた心を立ち上がらせ、争いの未来さえ変えることができる。
最も偉大な支配者とは、誰かを従わせる者ではない。
自分の中に潜む傲慢さを制し、力ある者と弱き者が共に歩める道を選び続ける者なのである。

WORKS No.885