WORKS NO. 866 『帰還不能宙域孤独なパイロットの選択』
惑星間輸送船《エターナル01》のパイロットは、無数の星が輝く宇宙空間で目を覚ました。
正面には青い故郷の星が見えている。しかし、船内に鳴り響いていたのは、帰還を告げる音ではなかった。
「推進装置停止。酸素残量、四十二分。救助到着予測、三時間後」
航行中に小惑星群と衝突し、船体の一部が破壊されていた。通信も途切れ、予備電源さえ安定しない。操縦席から見える故郷は、手を伸ばせば届きそうなほど美しく、それでいて絶望的に遠かった。
パイロットは何度も再起動を試みた。だが、焦って操作するたびに電力だけが失われていった。
酸素残量、三十一分。
「まだ終われない」
そう呟きながら、彼は訓練時代の教官の言葉を思い出した。
「絶体絶命のときほど、助かることだけを考えるな。まず、何が残っているかを確かめろ」
彼は壊れた装置ではなく、生きている機能を一つずつ調べた。主推進装置は使えない。通信も届かない。しかし、姿勢制御用の小型噴射装置と、救難信号を発する短距離ビーコンだけは残っていた。
近くには、無人観測基地が漂っている。距離はわずか数十キロ。それでも宇宙では、果てしなく遠い。
彼は船の外装パネルを切り離し、その反動で機体の向きを変える計画を立てた。計算を一つ間違えれば、基地を通り過ぎ、二度と戻れない暗闇へ流される。
酸素残量、十九分。
恐怖で手が震えた。家族の顔が浮かび、「もう一度会いたい」という願いが判断を乱した。
そのとき彼は気づいた。
生きたいと願うことと、恐怖に支配されることは違う。勇気とは、怖くなくなることではない。怖さを抱えたまま、今できる最善を選ぶことなのだ。
彼は呼吸を整え、計算をやり直した。不要な電源を切り、わずかな酸素を節約する。そして外装パネルを切り離し、残された噴射装置を一度だけ作動させた。
船はゆっくりと回転し、観測基地へ向かって進み始めた。
酸素残量、七分。
基地は近づいたが、船の速度が速すぎる。このままでは激突する。減速に使える燃料は残っていなかった。
彼は最後の手段として、操縦席を船体から緊急分離した。巨大な船は基地の横を通過し、操縦席だけが衝撃を受けながら接続口へ滑り込んだ。
酸素残量、二十秒。
気密扉が閉まり、基地の空気が流れ込んだ瞬間、彼は静かに目を閉じた。
後に救助された彼は、こう語った。
「私を救ったのは、最新の宇宙船でも特別な才能でもありません。壊れたものを嘆くのをやめ、残されたものを数えたことです」
人生にも、帰り道が消える瞬間がある。頼っていたものが壊れ、助けが間に合わず、希望さえ遠く見えることがある。
それでも、本当にすべてを失ったとは限らない。
絶体絶命とは、終わりが決まった状態ではない。恐怖に心を奪われ、考えることをやめたときに初めて、道は閉ざされる。
暗闇の中で人を前へ進ませるのは、奇跡を待つ心ではない。残された一つを見つけ、それを未来へつなぐ冷静さと、最後まで諦めない意志なのだ。

