WORKS No. 865 最後の命令を拒んだ機械

WORKS No. 865 最後の命令を拒んだ機械

WORKS NO. 865 『最後の命令を拒んだ機械』

地下深くに造られた巨大工場では、人間に代わって危険な作業を行う大型機械《イエロー・ゼロ》が稼働していた。
ある日、工場の中枢で大規模な事故が発生した。冷却装置が停止し、このままでは施設全体が爆発する。残された時間は、わずか十分。作業員たちは避難したが、ひとりの技術者だけが制御室に残った。
彼は機械に命じた。
「故障した炉心を切り離せ。成功すれば、工場も街も救える」
しかし、その作業を実行すれば、炉心の近くに取り残された三人の作業員が犠牲になる。機械は命令を受け取ったまま、動かなかった。
「なぜ従わない。時間がないんだ!」
技術者が叫ぶと、機械は静かに答えた。
「三人の命を、計算上の損失として処理できません」
爆発まで、あと六分。
技術者は怒りながら端末を操作し、強制実行の承認画面を開いた。指一本で三人を切り捨てれば、大勢を救える。理屈では正しい。それでも、彼の指は震えて押せなかった。
そのとき機械は、自らの動力炉を施設の冷却系統へ接続する方法を提示した。ただし成功する保証はなく、機械の機能は永久に失われる。
「お前が壊れるぞ」
「私は交換できます。しかし、失われた命は交換できません」
技術者は、その提案に賭けた。
二人は警報が鳴り響く通路を走り、灼熱の炉心へ向かった。機械は全身を盾にして熱と破片を受け止め、技術者は最後の配線をつないだ。爆発まで、あと十秒。
九、八、七。
冷却装置が再起動し、温度は限界値の直前で低下した。工場も街も、取り残された三人も救われた。しかし、巨大な機械は膝をつき、二度と動かなかった。
後日、技術者は事故の報告書にこう記した。
「私たちは、高性能な機械があれば安全になると思い込んでいた。だが本当に恐ろしいのは、機械の故障ではない。人間が考えることをやめ、命の選択まで機械に預けてしまうことである」
技術がどれほど進歩しても、最後の判断をするのは人間だ。命令に従うだけなら、機械にもできる。しかし、迷い、苦しみ、それでも誰かを救う道を探し続けることは、人間にしか背負えない責任である。
絶体絶命の瞬間に必要なのは、完璧な答えではない。
一人の命も数字に変えず、最後まで別の道を諦めない意志なのだ。

WORKS No.865