WORKS No. 525 犠牲とエゴが歪むとき

WORKS No. 525 犠牲とエゴが歪むとき

WORKS NO. 525 犠牲とエゴが歪むとき

犠牲とエゴ
誰かを代わりに
差し出せば
その優しさは
もう優しさじゃない

「誰かのため」と言いながら、
その裏で別の誰かに負担を押しつけていないだろうか。
自分が傷つきたくないから、
自分が嫌われたくないから、
その役割を他人に背負わせる。
それは犠牲でも優しさでもなく、
形を変えたエゴだ。
本当の犠牲とは、自分で引き受けるもの。
本当の優しさとは、誰かを守るものであって、
別の誰かを犠牲にするものではない。
ここに教訓がある。
「誰かのため」という言葉を使うときこそ、注意が必要だ。
その選択は、誰かを楽にしているか。
それとも、別の誰かを苦しめていないか。
もし後者なら、それはすでに歪んでいる。
優しさは連鎖するものだが、
犠牲の押しつけもまた連鎖する。
だからこそ、自分の選択に責任を持て。
誰かを守るなら、自分の意思で守れ。
誰かを使って成り立つ優しさは、
本当の優しさではない。

WORKS No.525