WORKS No. 437 皆んなせこい

WORKS No. 437 皆んなせこい

WORKS NO. 437 皆んなせこい

「皆んなせこい」
そう感じる瞬間は、誰にでもある。
自分だけ得をしようとする態度。
責任を避ける言い訳。
損を恐れて一歩引く姿。
だが、それは本当に醜さなのだろうか。
人は誰しも、傷つきたくない。
否定されたくない。
失いたくない。

だから無意識に、自分を守ろうとする。
その結果として現れるのが、「せこさ」なのだと思う。
社会には常識があり、
心の中にはわがままがある。
人はその間で揺れながら生きている。
自分を優先しすぎれば孤立し、
周囲に合わせすぎれば自分を失う。
その不器用な揺れこそが、人間らしさなのかもしれない。
誰もが完璧ではない。
ずるさもある。弱さもある。見栄もある。
けれどその裏側には、必ず守りたい何かがある。
自尊心かもしれない。大切な人かもしれない。
あるいは、これ以上壊れないための心かもしれない。
そう考えると、「せこさ」は責めるべき欠点ではなく、
人が生き延びるために身につけた、不完全な知恵とも言える。
人は皆、
わがままと常識の狭間で揺れながら、
それでも誰かとつながろうとし、
それでも理解されたいと願い、
それでも優しくありたいと願っている。
だから私は思う。
「皆んなせこい」のではなく、
「皆んな必死に生きている」のだと。
そう思えたとき、
人を見る目は少しだけ柔らかくなる。
許せなかった言動にも背景が見え、
裁くより、理解しようとする心が生まれてくる。
人間関係に本当に必要なのは、
正しさで相手を切ることではなく、
不完全さを受け止める余白なのだと思う。
完璧でないまま生きること。
それを責め合うのではなく、認め合えること。
その積み重ねこそが、
人と人のあいだに生まれる、ほんとうの優しさなのではないだろうか。

WORKS No.437